Melbourne cup直後にアドマイヤラクティ急死



昨日はオーストラリアの国中が手を止めて注目するメルボルンカップが行われました。

勝者が称えられていたすぐ裏では日本から遠征に来ていたAdmire Rakti(アドマイヤラクティ)が馬房に戻ってすぐに崩れ落ちるように、床に倒れて亡くなってしまったようです。

獣医による検視の結果がまだ出ていないようですが、原因は心不全か、内出血によるものと言われています。

ぼくも日本人としてのアイデンティティを持ちながら、このオーストラリア社会で働いている一人として、約7500キロ離れた遠い国からがんばりに来たアドマイヤラクテクィには、重ねあわせれる部分があってニュースを聞いたときにはすごく悲しい気持ちになりました。

「the race that stops a nation」とオージーが言うくらい大きなレースで一番人気だったアドマイヤは、前日からこちらの新聞で大きく取り上げられ注目されていました。

今日は昨日と今日の新聞から抜粋した記事をぼくなりの翻訳で紹介します。












Cups' Rising son


トラブルメーカーと呼ばれたブリスベン出身のジョッキー

Zac Purtonが日本のレースで人気のRising son

(オーストラリアでは日本の事、日本人の事をいい意味で

ライジングサンと呼ぶ事もあります)に栄光を与える。

アドマイヤは先月行われたCaulfieldコールフィールド)

をすでに征服していることから、10万人を動員する今回で154回目の

メルボルンカップで圧倒的な一番人気を誇っています。








The Queens land connection



レーシング女王のGai Waterhouse(ゲイウォーターハウス)

若き星のトラブルメーカーZac Purtonw(ザックパートン)を

世界のベストジョッキーの一人として名を連ねるためには

どのようにして劇的な変化をし、またどれほどの強い愛情で

準備をしてきたのかその隠された秘密を解き明かしました。

日本馬と共にメルボルンカップの栄光をつかみに行くPurton31歳は、

多くの期待を背負って今日の午後レースに挑みます。

香港に拠点を置く彼は元々はクイーンズランドで

ジョッキーの基礎を学びました。

しかしシドニー在住のゲイウォーターハウスの信頼の元で

必要な訓練を受ける事になりました。彼を世界でもっとも尊敬される一人

にさせるためにしっかりとした十分な状態に、向上させなければなりませんでした。

なぜなら彼は思い上がった若造だったからです。

彼が必要だった訓練は彼にとってとても大きなものでした。

ポートンは初めのうちはゲイオォーターハウスの訓練の型にはまるのことに

とても反抗的でした。しかしいつしかちゃんと型にはまるようになったのです。

ブリスベンでのレースに多くの時間を持てなかった彼は彼のポジティブな面を

オーナーに売り込む重要さに気がついたのです。













Race to the death


直前に、人生でもっとも心が痛むライドの直前に

ジョッキーのザックポートンはオーナーに警告しました。

メルボルンカップの人気馬アドマイヤラクティにとって

「これは彼の日にならない」

「トラックは厳しい、彼にはとても厳しいです」

このジョッキーが言ったわずか数十分後にこの馬は死んでしまいました。

それはとてもひどい悲しみにつながることになったのです。

レースの悲劇はビクトリーに影を投げかけました。








Hero to heartbreak for Japanese Cup favorite




彼の人生でもっとも心を痛めることになったレース。

鞍を乗せる直前にジョッキーのザックはアドマイヤの金持ち日本人オーナーに

「今日はやるべきではない」

と警告をしていました。

最下位で終わった昨日のレースのたった5分後に、

メルボルンカップの人気馬が崩れ落ちて亡くなってしまったのは

何が原因だったのか、検視官による発表を待っています。

レースの直前に、マスコミの前にオーナーのRiichi Kondoと一緒に現れたポートンは

心配そうな顔をしていました。そしてジョッキーはオーナーに

「トラックは厳しい、アドマイヤにはとても厳しいです。」

と語っているのをその取り巻きや

The Courier Mail(この記事の情報元の新聞社)も立ち聞きしていました。

ミスターコンドーは信心深いオーナーのようです。

幸運を使いすぎるのを恐れて、アドマイヤの

関係者全員にBet(賭け)しないように通達していました。

そして彼は私的な熟考の瞬間を味わってしまうことになったのです。

彼は手を合わせ頭を抱え、うっかり間違いを犯した静かな祈り人になってしまいました。

ポートンによってレースから姿を消し、馬舎に戻った後、

心不全か、内出血によって死に落ちてしまったと、

周りで祈り続ける人たちに言っていたようです。

レースの勝者だけを見に来た観衆は大変ショックを受けました。

勝者プロテクショニストからほんの2つ分のストールしか離れてないところで

日本のチャンピオンは震え始め、倒れてしまったのです。

レース関係者などは緑色のタープをアドマイヤの体に掛け、

観衆の声もストールを支え続けていた様子です。

「オーナーはすごく取り乱して悲しんでいました。」とポートンはいいました。

「アドマイヤはラブリーな馬で彼はとてもすばらしいスリルを私に与えてくれました。

こんなことを最後に言うのはとても悲しいです。私は今日すばらしいレースを走りました。

彼らが私を倒せると思いもしませんでした。ラッキーだったのは馬舎の500メートル手前で

スピードを緩め始めたことです。もし私があのまま激しく乗り続けていたら、もしかしたら

私はトラックに落ちていたかもしれません。もう一度いいます。彼は彼の仕事をしました。

彼は私をラインに並ばせて、馬舎まで安全につれて帰ってくれました。」









ホテルのキッチンで仕事をしてる最中に聞いた時は大変ショックでした。

日本の馬が走る事や過去にもメルボルンカップを日本馬が制したことを周りのほかの国から来てる人や、オーストラリア人に話していたからです。

馬のオーナーや関係者の人たちもこの親日なオーストラリアで日本人として活躍できることに誇りを持っていたと思います。

競走馬なのだからレース後に亡くなったのはある意味幸せかもしれないと言ってしまうにはまだ早すぎるかもしれません。

まずは同じ「サムライスピリット」を持ったアドマイヤラクティのご冥福をお祈りしてオーナーのミスターコンドーにお悔やみ申し上げます。

それと最後にジョッキーのザックに

Thank you for bring him to the homeと言ってブログの終わりとさせていただきます。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。