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【幸運な話】靴が無くなってラッキーが来るって?!







先日ぼくの短い夏休みが終わって、7日ぶりに出勤したら靴が無くなっているとゆう悲惨な目に合った。

職場には自分専用のロッカーがあって、着替えや予備の包丁などをしまい込んでいるのだが、仕事中に履いているシェフシューズだけは中にしまわないで、ロッカーの上に置いている。

他のみんなも同じようにしてるし、キッチンで使った靴をロッカーの中には入れたくないのはみんな同じなのだ。





出勤したのは朝の4時半。

その時、ほかには誰もいなくてぼく一人だった。



休み明けのフレッシュな気持ちで仕事にとりかかろうと思ってたのに、今までにあり得なかった事態に唖然としてしまった。

まぁいいやでは済ますことが出来ない。

シェフシューズは業務用で、必ず着用しなければならないと決まっているのだ。

ちゃんとしたものを着用してないと、ホテルのキッチンでは入る事さえ許されないのだ。

この時間、ほかにシェフはいない。

ぼくがやらなければ朝食バッフェはオープンできないので、仕方なしにスニーカーで仕事に入った。

靴が無くなった事と、スニーカーでは滑るとゆう心地悪さがぼくの気持ちをネガティブに転換させて、休み明けの最初からイライラしながら働く羽目になってしまって、またそれもイライラしてしまった。

こんな時、笑って済ませれる性格だったら楽なんだけど、なかなかそうゆう訳にいかないのだ。



少し遅れてキッチンハンドのインド人が出勤してきた。

挨拶もそこそこに、彼に向かって朝一の出来事と、その時抱えてたイライラな気持ちを勢いよくぶつけた。

すると彼は靴の予備を持ってるから貸してくれるとゆうではないか。

人の靴を履くのは若干気が引けるが、スニーカーのまま仕事をしてて滑って怪我でもしたら大変だし、それこそ問題になってしまう。

人の好意に対して仕方なしにと言ってしまう自分をどうかと思うが、人が履いている靴に足を入れるのはちょっとね。。。でもありがたく借りることにした。




その後もしつこく、朝一の出来事をグダグダと言っていると、インド人である彼はインドではこれはラッキーな事だと教えてくれた。

なんでも靴が無くなるとゆうのは、ラッキーがやってくるとゆう意味らしい。

靴を持って行ってくれた人が、ぼくの不幸もいっしょに履いて行ってくれたので、次には幸運がやってくると、そうゆう事らしい。




元々ぼくはポジティブ人間なので、こういった気分を良くさせてくれる話にはすぐに食いついてしまう。

そしてすかさずポジティブな気持ちに転換したぼくは、それまでとは打って変わって楽しくなり、笑顔になり、それを話してくれた彼への感謝の気持ちまで湧いて来たではないか。

気分いいなぁなんて思ったのだが、それもラッキーの一つなのかもしれない。

靴が無くなって、新しい事を学べたラッキー。

そして靴を貸してくれた彼の好意を受け取れて、ラッキー。

インド人の考え、素敵すぎるのではないか。



人間とゆうのはなぜこんなに単純なんだろうって思うけど、こうすることでいいことも悪い事もたくさんある人生をいいように捉えて、楽しくやっていくもんなんだね。







しかし不幸を履いて行ってくれたと言われている無くなったぼくの靴。実は左だけ持っていかれたので、右はまだロッカーの上に残ったままなのである。

そいつは一体なんなのか。

アンラッキーの残りなのか、それとも残り物の福と化すのか。

どうせなら両方持って行ってもらいたかったと切に思う、今日この頃である。













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