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ゴールドコーストの気になるカフェ ~バーレーヘッズ、パームビーチ~

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ゴールドコーストはカフェパラダイス ゴールドコーストにはオシャレなカフェがたくさんある。 街を歩けば棒に当たるではないが、車でほんの10分走ればたちまち10軒は見つけることができるほど、そこらじゅうで見かける事ができるのだ。 それに加え、サーフショップやスーパーマーケットの入り口でもエスプレッソマシーンを置いてるところが多く、どこへ出かけても、コーヒーに飲みっぱぐれることがないとゆうカフェイン中毒者にはパラダイスなのだ。 スタバスタイルが火付け役 元々はハリウッドスターが映画の中でペーパーカップを片手に持って外を歩くスタイルを行っていたことから火が付いた、いわゆる「 スタバスタイル 」からここゴールドコーストでは何千件ものカフェをオープンさせるほどの影響を受けている。 ぼくもいつもフラットホワイトやロングブラックをすすりながら波チェックをしたり、サーフショップに顔を出したりしていた。 そう、以前からコーヒーはとても好きで、こだわりなく飲んでいたが一応自分にも気に入りのカフェとゆうものがある。 それはバーレーヘッズの裏通りにある「Canteen」だ。 ここのキャンティーン以外で飲むロングブラックはお湯くさかったり、苦さ満点だったりと、当たりも外れも多いにあった。 しかしこの裏通りの人気店では外れたことがないので絶対的な信頼を寄せていた。 デミカップのエスプレッソ そして最近ぼくは少し趣向が変わってエスプレッソを飲んでいる。 これまでに飲んでいたのは「エスプレッソマシーンで抽出したコーヒーにフォームミルクやホットウォーターを加えたもの」だった。 エスプレッソとゆうのはそのマシンから出てきたあの濃ゆいコーヒーをそのままの状態で出されたものである。 初めて飲んだ時は恐ろしく苦い液体に感じたが、コーヒーの本場イタリアでそのおいしさに目覚めてからは一日一杯はエスプレッソを飲まないと満足しなくなってしまった。 イタリアにはどこにでもバールと呼ばれる立ち飲みカフェがあり、みんなそこでデミカップのエスプレッソをひかっけていた。 そのイタリア人のおじさん達がえらくかっこよく見えて、思いっきり影響を受けてしまった訳である。 そんなエスプレッソ好きなイタリア人の家には欠かせな...

ジムに復帰して。〜継続は力なり〜

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先日2日間の休みを使って Matrix boxing gym に復帰した。実に4週間ぶりの事でヘッドコーチのスティーブンも「おぉお前帰って来たんけぇ」と笑顔で握手を求めて来て、なんでか知らないが嬉しかった。 このジムに通い始めて2年が過ぎたが、こんなに長期間休んだのは初めてだった。 サーフィンもろくにやってないしなんか身体が重くなってしまってて難儀した。 やっぱりボクシングジムはちょっとばかりハードだ。 思い切って家を飛び出して来てしまった事を一瞬後悔したが、終わってみると心身共にすっきりしたので、ダラけた生活にピリオドを打ってよかったなとゆう感じがした。 スッキリするだけでなく、頑張れば筋肉も付くのでいいことだらけだ。 ボクシングジムとゆうとバンバン殴り合うだけのハードコアなイメージを持ってる人も多いと思うが、実際はちょっと違ったりする。 ぼくが通っているクラスは Novice class といってファイター見習いの為のクラスだが、とても人気があって色んな人が来る。 下は中学生から上はぼくみたいな家庭持ちのおじさんまで、たまに「え?こんな青い目の金髪美女がボクシングするの?」ってのもいる。       そこでぼくらが習うのは徹底的な基礎トレーニングと筋力アップトレーニングだ。 たまにはみんな大好きフルコンタクトの殴り合いをさせてもらえるが、コーチがまだ未熟者だと思う練習生にはリングに上がらせないなど徹底している。       これでもか!ってゆうほどの基礎の繰り返しは少しずつだが、確実に正しいやり方が身につくのでコツコツ型のぼくにはとても合っている。 やはり周りの練習生を見ていると、すぐにリングに上がりたがってたような奴らは2、3回スパーリングしてコテンパンにやられてそこからジムに来なくなったりするが、黙ってコツコツ練習を続けている奴は気が付かぬうちに上手くなり強くなっている。 たかだか休日を使ったトレーニングなので大きな事は言えないが、基礎を確実に重ねていく大切さを学ぶ事を体感出来るのがここのジム...

初めての時差ボケ体験

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最近はちょっと変な癖があって、夜中の3時から5時くらいの間にパチっと目が覚めてしまうのだ。 今日はそれからずっと起きていてこのブログを書いているのだが、いい加減に元の生活リズムに戻りたいと思っている。 午前4:30。外はまだ真っ暗だし気温は10度から15度の間ぐらいで寒いから何もする気が起きない。 がんばってもう一回寝ようとするんだけど、そこから眠りにつく事が出来ないのだ。 まあ仕方がないので1人で遊んでいる。 と言ってもベッドの中にこもりながら家族を起こさないように静かに携帯をいじってるだけで、ただ時間が過ぎるのを待っているかんじかな。 原因ははっきりと分かってないが、今月に入ってすぐ時差ボケになった事から体内時計が狂ったままなんじゃないかと思っている。 それと最近の生活のルーティーンから毎日のサーフィンと夕方のボクシングがすっかり抜けちゃってるのも朝まで爆睡しない原因なんじゃないかと思っている。 それによって困るのはお昼から夕方にかけてだ。 この時間帯は、子供たちと遊んだり奥さんと夕食を作ったり、用事を済ませたりとやる事がいっぱいあるのに眠くなってしまう。 我慢が出来ないほどの睡魔がやってきてベッドで何時間も爆睡しちゃったりするのだ。 家族と過ごす時間を無駄に使ってなんか申し訳ない。 やはりぼくはサーフィンとボクシングに精を出し、クタクタに疲れる毎日を過ごさないといけないのだろうか。 そうしない事には以前のようなリズムある生活には戻れないのかな。 せっかくブログで生活を戻す宣言をしてるのに、なんの因果なのか波は極小になってしまってるので、また海に戻るのが億劫になってしまった。 しかし今日から変わらなきゃいけないんだ。 あと数時間で明ける夜明けと共に海に入って、この変な生活パターンのリセットボタンを押してみるぞ!

【ボルボ240GL】】2週間置きっぱなしにしていた愛車のエンジンが、これぽっちもかからなくなった件

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サーファーにとってボードの次に大切な車が、ついに動かなくなってしまった。 一応出勤用なので、波乗りに支障が無いのがせめてもの救いなのだが。 先日2週間以上ぶりに、ボルボ240の車内に入ることとなった。 仕事に行こうとしてたのだが、いつも通りカギを捻ると何の違和感も無くエンジンがスタートしたのに、いざドライブに入れたらそこでエンストしてしまったのだ。 それからは何がどうなってしまったのか分からないが、ガタガタ震えるエンジンが虚しく音を立てるだけで、前に進んでくれる事はなかった。 こんな感じで、車が動かなくなるトラブルには慣れてしまっている。 オーストラリアに来て13年。 オンボロ車に乗ってても全然恥ずかしくないこの街で、いつも10年以上落ちの車に乗ってきてるから、こんなのは何度も経験している。 正直言うと、こっちに来たばかりの最初の数年は、車が使えなくて予定が狂う不便さや、修理に掛かるお金と手間でストレスを感じてたが、今では全然焦らなくなった。 「まぁなんとかなるしね」と、古い車と付き合ってきたぼくは、すっかり穏やかな人間になったのだ。 この愛車を放っておくわけにもいかないので、RACQを呼んだ。 これは日本でいうJAFと同じで、緊急時には電話一本で駆けつけてくれて応急処置を施してくれる。 ぼくがが入っているメンバーシップは1番シンプルなプランだが、24時間いつでも呼べばどこでも駆けつけてくれ、20kmまでの距離なら無料でレッカー車で修理工場まで運んでくれるとゆうものだ。 それで年会費が$84だから安いもんかな。 これで直って、もう少し走ってくれればいいかなと思ってる。 改めてぼくがこのボルボ240に何年乗ってるのか思い出してみたら、5年も経っていてビックリした。 当時ぼくが乗ってたフォードのステーションワゴンと、後輩サーファーのワタルが乗ってたこのボルボ240を交換したんだけど、よくここまで走ってくれたなぁ。 ちなみに年式は1989年式なので24年物!? ビンテージカーと成り得る車なんだけど、余りにも手をかけなさ過ぎて今では、「ボロボ」に...

新入りはその日からボスだった

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日本にいた時から数年前までぼくが働いてきた職場は、オーナー直結型の小さな飲食店ばかりである。 少なからずも年功序列とゆうものがあり、そこで長く働いている人は後から入って来た人よりも偉いとゆう環境でこれまでやってきた。 これは日本の文化の一つである「先輩と後輩」とゆうものによるものだと思う。 現在ぼくはオーストラリア企業で働いており、日本とは全く違う仕事環境に日々驚いたり戸惑ったりもしている。 今のホテルに入ってから初めて本格的な休暇を取り、しばらく休ませて頂いていたのだが、久し振りに職場に戻った日の事である。 いつもの仲良くしているワークメイト達が温かく出迎えてくれて、休暇中にあった楽しい事などを話していた。 休みでボケた頭をゆっくりと以前のペースに取り戻していこうとしていたその時、何か違う空気を感じた。 そこには新入りのシェフがいたのである。 これまでの経験からすると「ぼくが先輩になるのだから、新入りが先に挨拶をするのが普通」とゆうのが頭にあったが今回は少し違った。 彼はシェフ ディ パーティーとゆうポジションでぼくよりも上のシェフだったのだ。 彼の仕事は一つのチームやセクションの責任者である。 ぼくが彼に対して先輩面が出来ないどころか(まぁ元々このオーストラリア社会で先輩後輩はないのだが) 挨拶を無事に済ますとイキナリな指示がバンバン飛んでくる。 どこにでもある事だと思うが矛盾をそのまま放っておいて、何となくやり過ごしているイケない習慣などがあるが、そんなことにも ドンドン攻めてきて改善を求めてくる。 仕事の進め方について「このやり方ってちょっと変やな。何で?」と聞かれても 「ここにはずっと前からやってるやり方があるんだからこんなもんなんだよ」との答えたい所だがそうはいかない。 面倒な事でもしっかりと説明しなければならないのだ。 そして彼の権限の上で改善される点は即改善されるとゆう事態になる。 「なんだあいつは新人のくせに」とゆう訳にはいかない。 新入りは謙虚に振る舞うのが美とされると日本で学んできたぼくは、入社してすぐにボスのように振る舞う彼の態度に大変驚...

パーフェクトビーチブレイク 

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7月の初日はいい波に恵まれた 人それぞれ波のクォリティーに対する評価の仕方は違うだろうが、ぼくにとって今日みたいな日は 「It's perfect!」だろう。 オフショア、大潮、コンスタントに入ってくる東うねり。それに加えて青空の広がる穏やかな天気と海底まで透き通るクリアーウォーター。 ゴールドコーストの波はそれこそ年中コンスタントに割れてていつもいい波だが、今日みたいなパーフェクトデイはそんなにやって来るものでもないので、 「生きていて良かったよー」と涙を流しながら喜んでしまった。 エスプレッソの後で 朝活に勤しむぼくは、朝日が昇る時間の6:30amにビーチに出て波チェック。 潮回り的にはハイタイド直前で、なんかしっくりこない感じだった。 先に朝食を済ませ、最近マイブームのエスプレッソを30秒で平らげもう一度見に行くことに。 すると早朝よりもサイズが上がり、ムネカタの綺麗なブレイクがあちこちにあり、サーファーも増えてきていた。 早速家に戻り、もうフットプリントでベコベコになって来ているDX-1を抱えてオーシャンバンクに向かって行った。 ここで一つの判断ミスが。 あまりにも天気がいいので暖かいと思ってシーガルを着て海に入ったら寒かった。 異次元な世界に 沖に出てから見るパーフェクトウェーブは、とてもとても美しかった。 空が反射するほどテラテラと光っている水面が遥か遠くまで平らになっていて、どこかの異次元な世界に来てしまったのかと思うほど非現実的な景色が目の前に広がっていた。 音も無く静かに入ってくるウネリが、規則的に綺麗にブレイクして見惚れてしまうほどだった。 またそれらの波に乗ればなんでも思い通りな技が入るほど快適な波で、レジェンドサーファーのリッチョーが言う 「波乗りは考えるのではなく、波の声を聞いて教えてもらうものだ」ってゆう意味が今日は少し分かった気がする。 余分な力は一切使わないで波に言われるがままに、ボトムに下りたらトップに上がりリップの力が足に伝わればまたボトムに向かって波のフェイスをスムーズに下りて行く...

2015年6月、南イタリアで、ぼくに最も影響を与えてくれた二人に再会する。

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ローマで咲いていた花 英語が移住のきっかけに ぼくは現在、オーストラリアのゴールドコーストに住んでいる。 人からよく、「どうしてオーストラリアに住もうと思ったのか?」と聞かれることがある。 その理由の一つに英語への憧れを現実にする為と答えるようにしている。 小さな頃から何度も感じてきた、 「英語を話せたらカッコいいやん!俺も話せるようになりたい!」とゆうのは、今に至っても海外在住を続けていけるモチベーションとなっている。 そしてその英語に憧れが移住のきっかけにもなったのだが、ぼくが英語への興味を持ち始めた経緯を話す時には必ず同級生のAちゃんとKちゃんが登場する。 同級生から受けた影響 外国とは縁がない家庭で育ったぼくだが、人とは違った事をするのが好きだったこともあったおかげもあって、漠然とではあったのだが、「いつかは世界へ」とゆう思いを心の奥に秘めていた。 結果的にそれが強烈な思いとなって、今では ほんの少しではあるが英語を話せるようにもなった。 小学生の時に同じクラスだったAちゃんは、その頃に一度アメリカに渡っていた。 そしてしばらくして彼女がまた大阪に戻って来た時には、すでに英語を話していた。 と言っても当時小学生だったぼくにちゃんとした英語が分かるはずも無いのだが、Aちゃんがふいに発した、 Come on! とゆうワンフレーズがあって、それ一つでぼくは尊敬の眼差しを送るようになっていた。 その時がぼくが最初に、英語に触れた瞬間なんだと思う。 「あーいいなぁ英語ってかっこいいなぁ」って思ったのが、英語にあこがれた最初のきっかけだった。 また十代最後の頃にアメリカやカナダに留学したり、大阪で行われていたアメリカ人留学生との交流の場に誘ってくれたりしたKちゃん。 彼女も地元の幼稚園から中学校まで、同じ所に通ってた。 そんなKちゃんが留学していたニューヨークやカナダから必ずポストカードを送ってくれて、ぼくのリクエストに答えて英語で書いてくれたりもしていた。 それらの出来事が世界を知らなかったぼくの心をどんどん刺激して、英語への憧れを強くしていった。 ほんの少しのきっかけ ...

夜中の閃きが何かを変える!?

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夜中の4時に偶然目を覚ました。 「ん?なんだ?」って思ったけどあれは何かの閃きみたいなものだと確信した。 なんかすごく鮮明で美味しい水を飲んだ時のような爽やかな気分になったし、なんかこのままじゃ眠れない。 とゆうことでブログに書いちゃおっと。 人は自分の目標や夢を願い、それを達成出来ますようにと祈り、努力しながら毎日を過ごしている。 時には友達と語り合い、「お互いつまずく時もあるよな。でも苦しい時こそ頑張ろうぜ」と励まし合いながら毎日を過ごしている。 それはとても素晴らしい事だ。 世に溢れてる色んな自己啓発本でも書かれてるように、「夢が叶いますように」から「この夢は叶ったんだ」と思うようになると、すでにそれは達成したも同然になるとゆう考え方もある。 多くの人は、「自分のやりたい夢が達成する」まで願って祈って努力している。 それとゆうのは「自分が自分が」ってゆう、まず自分を最初に持ってくる考え方をしてるとぼくは思う。 ぼくが感じた「夜中の閃き」ってゆうのはここからだ。 「俺はもう大丈夫だから幸せだから、あなたの夢を叶えるために俺が手を差し伸べるよ。俺が助けてあげるからもう苦しまなくても大丈夫だよ」 と考える方が正解なんじゃないかと。 まぁ人生に正解は無いけど、「自分にはどうしてもとゆう夢があるから、辛いことも苦しい事も乗り越えてやって来たんだ!おりゃ〜!」 とゆう自分主体よりも、「君がどうしても頑張りたい時でも俺が手を差し伸べるから、苦しんだり辛い思いをしなくても大丈夫やで。」ってゆう感じの方がいいんじゃないのかな。 もちろんみんなそれぞれ「自分はこうだ!」ってゆう強い信念を持つのが前提だとは思うけどね。 俺が夢の中で見たのは、「夢が叶いますようにと必死で祈り、時には苦しい者同士がお互いに肩を叩き合う」とゆう今まで自分が生きてきたような光景に、「ここはもう俺のいる場所じゃ無いな」と立ち上がり、真っ白い優しいオーラが漂う中でただ人のために笑顔で手を差し伸べる所に自分が入っていたんだよね。 これが一体なんなのか、果たして人に話すような事なのか分からないけど、取りあえず文章に残して...

曇りに雨でも海に行く

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あと数日で2015年上半期も終わりとなる。 ゴールドコーストでの経験上、ぼくの中では6月は波がいい月と決まっているのだが、今月はどの位いい波の日があったんだろうね。 昔のこと よく思い出すのは5,6年以上前の事。 まだぼくのパドル力がスーパー弱かった頃、それでもバーレーヘッズやレノックスヘッドでいい波を当てた時。 波はサイズもそこそこあって風も南風がビュービュー吹いていて、しかしコンディションは良くソリッドな波ががんがん割れていた。 そして強い雨が顔面に打ち付けてきて、痛みに必死で耐えながらも強烈なカレントを突き進み、必死で波乗りしていたのを思い出す。 天気がいい日も気持ちいいが、そうゆうちょっと悪天候の中での波乗りも実は嫌いじゃないかな。 だって「おぉ大自然の中で生きてるぜー」って感じがするもんね。 雨上がり、水温21度 今日は2週間ぶりに海に入った。 やはり6月とゆう事で雨が降ったり止んだりの天候だったが、波の方は一応ファンウェーブでサーファーの数も多かった。 穴だらけの古スーツか、サーフィンの師匠のM氏から受け継いだシーガルを着ようか悩んでいた時、ちょうど海に入っていく二人組を発見したので彼らが何を着て海に入って行くのか見てみることに。 なんと片方はフルスーツなのにもう片方は海パンだけ。。。 オージーの寒さ感覚は全くもってあてにならんとゆうことを思い出した。 とゆう事で無難にフルスーツで入ってみることに。 思ったよりも冷たくなくて快適だった。 それに波乗りの感触もいい感じでなんか力が抜けてて楽しかった。 久しぶりのサーフィンっていつもよりも余計な力が抜けてて、それがいい感じになるからなんか笑える。 しかも波待ち中にぼくの勝手な妄想が暴走してしまい、海がおかえりーって言ってくれてるような気がしてきた。 世の中色んな楽しいことがあるけど、やっぱ波乗りが一番いいね。

エミレーツ航空の食事 〜エコノミークラス〜

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エミレーツ航空と言えば、エコノミークラスでさえも充実したサービスを受けることが出来ると評判の航空会社だ。 今回ぼくが経験したエミレーツ航空の食事を紹介したいと思う。 まずは最初の朝食。 これはオーストラリアからシンガポールに向かう路線で出されたものだ。 いかにもオージーブレッキーとゆう感じだった。 クロワッサンとバター チャイブのスクランブルエッグ ソーセージ ハッシュブラウン フルーツサラダ アーノッツのクラッカー サワークリーム ストロベリージャム オレンジジュース 昼食はシンガポールからドバイへのフライトで頂いたものなので、同じ日の朝のオージー風からアジアンテイストに変化した。 ナッツ入りのパンとバター サフランライス チキンのトマト煮 エビとマカロニのサラダ ココナッツムース クラストビスケット ジャム 水 そして夕食はドバイからローマへ向かう時と、ローマからドバイへ戻る時に頂いたものを順番に紹介する。 これはドバイからローマ。 パンとバター ワイルドライス ラム肉のローズマリーソース 野菜炒め グリルチキンとひよこ豆のサラダ バナナケーキ クラッカーとジャム そしてローマからドバイ。 ナッツ入りのパンとバター グリルチキンとトマトソース マッシュポテト ブロッコリー バシルパスタサラダにボッコチーニチーズとサンドライトマト デイツとチェリーのクリスプ 水 クラッカーとジャム オーストラリアとイタリアの時差は8時間もあって往路と復路では時間の感覚が全く逆になり、自分が一体今何時の世界にいるのか分からなくなる。 そんな中で頂いた食事がこれ。 ドバイからブリスベンに向かうフライトで最初に出された食事。 朝の10時過ぎにドバイを出てるのでこれは昼食なのだと思う。 パンとバター スロークックビーフとポレンタに野菜のソ...

【ベネチアの魅力】Florian caffeで飲んだエスプレッソコーヒーからは、19世紀に香りがした。

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水の都ベネチアは北イタリアに位置する都市で、中世にはベネチア共和国の首都として栄えたと伝えられている。 それから数世紀の時を超えた今でも中世の町の様子が感じられ、誰も通らない裏路地を歩いていると歴史の世界に迷い込んだ錯覚に陥る。 そして実際にベネチアの裏路地に入り込んだぼくは自分がどこを歩いているのか分からなくなったりもした。 Piazza San Marco  サンマルコ広場、サンマルコ寺院、ドゥカーレ宮殿そして時計塔に囲まれたこの広場には世界中からの観光客がたくさん集まる。 このブログでも度々言っているがぼくは人混みが苦手だ。 しかしこのサンマルコ広場には多くの魅力があるだろうと思っていたぼくは、なんとか中世から続く雰囲気を少しでも大多数の観光客がいなくなった後でその空気を独占したかった。 そして太陽が昇る前にホテルを飛び出した。 人とは違うやり方で行きたかったので、いつも着ているMizunoのジャージに身を包みジョギングで複雑に入り組んだベネチアの裏路地を駆け抜けた。 観光客がどっと押し寄せて来る前の静かなサンマルコ広場は、アドリア海から吹く冷たい風が吹き込んでいた。 空気はピタッと止まってる。 聞こえるのは鳥が飛び立つ羽根の音だけ。 イタリア語もそれにイタリアの歴史も知らないぼくは、ここがどんな広場なのか全く知らない。 分かっているのはイタリアのバールの母体となったカフェが、このサンマルコ広場で生まれたとゆうことだけだ。 ジョギングで上がった息を整えて広場の真ん中に立ち周りを見渡した。 視界を遮るものは何もなくただただそこを取り囲む壮大な光景に目を奪われていた。 鳥肌が立ちっぱなしで身体がゾクゾクしっ放しだったのは決して冷たい風のせいでは無かった。 真っ直ぐに伸びる時計塔、翼のあるライオン、大理石の壁とカトリックの壁画そして台形に広がる回廊。 全てが美しい以上に美しく、ぼくのボキャブラリーではとても全部のことを表現出来ないのが申し訳ない。 中世ベネチア共和国の雰囲気を誰にも邪魔されなく感じたことは確かだ。 ...

コロッセオの朝 〜ローマ帝国〜

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古代ローマの象徴コロッセオ。 あまりにも定番過ぎるスポットなのでここには毎日たくさんの観光客が訪れるそうだ。 ぼくは人混みがすごく苦手だ。 けど旅行は好きだし特に有名な観光スポットには必ず行きたいと思うので、こりゃなんとかせねばと考えた結果サーファーらしく早起きをして行けばいいじゃないかと。 太陽が昇ったばっかりのタイミングを狙えば、さすがのツアーリストもいないんじゃないかと考えた。 そんな早起きしてまでとも思うが、やはりぼくはサーファーであるがボクシングも嗜む者として、このローマ帝国で闘いが行われていた所だけは外せないと思ったのだ。 前置きはこの辺にして早速、ローマのテルミニ駅からコロッセオへ行ってみた。 駅からは歩いて30分、まだローマ人がベッドから起きてくる前にGoogle mapを片手にローマの街を歩いた。 石畳の道がどこまでも続くこの街は、歩いてるとたまに足を挫いちゃうんじゃないかと思うくらい舗装がされてない。 しかしそれが風情を感じさせてくれるような気がするのだ。 当たり前だが建物からはヨーロッパな雰囲気がバンバン出ている。 オーストラリアに住んでいるとそれほど目新しさを感じないかななんて、つまらない事を考えてしまった。 しかもなんかメルボルンに似てるなぁとか思っちゃったけど、それって笑っちゃうよな。 だってこっちのイタリアの方が本物の歴史ある建造物なんだから。 いつもの旅行では必ず街の地図を手に入れて何度も何度も見直して、帰る頃にはボロボロになるのが定番なんだけど今回はGoogleさんにお世話になった。このブログの親元だしね(笑) Google mapって本当に便利。角を曲がる時とか音声で教えてくれるから、地図を見ながら歩かなくていいしね。 一度セットすれば後はポケットに入れたままでさり気なくエレガントな散歩ができるとゆうわけだ。 朝のローマは空気も綺麗で人も全然いないし、日中には道に広がってる出あろう小さなショップもまだシャッターを閉めているのでとても歩きやすいのですごくオススメ。 ちょっとローカル気取ってジョ...