2015年6月、南イタリアで、ぼくに最も影響を与えてくれた二人に再会する。





ローマで咲いていた花


英語が移住のきっかけに


ぼくは現在、オーストラリアのゴールドコーストに住んでいる。

人からよく、「どうしてオーストラリアに住もうと思ったのか?」と聞かれることがある。

その理由の一つに英語への憧れを現実にする為と答えるようにしている。

小さな頃から何度も感じてきた、
「英語を話せたらカッコいいやん!俺も話せるようになりたい!」とゆうのは、今に至っても海外在住を続けていけるモチベーションとなっている。

そしてその英語に憧れが移住のきっかけにもなったのだが、ぼくが英語への興味を持ち始めた経緯を話す時には必ず同級生のAちゃんとKちゃんが登場する。




同級生から受けた影響



外国とは縁がない家庭で育ったぼくだが、人とは違った事をするのが好きだったこともあったおかげもあって、漠然とではあったのだが、「いつかは世界へ」とゆう思いを心の奥に秘めていた。

結果的にそれが強烈な思いとなって、今ではほんの少しではあるが英語を話せるようにもなった。

小学生の時に同じクラスだったAちゃんは、その頃に一度アメリカに渡っていた。

そしてしばらくして彼女がまた大阪に戻って来た時には、すでに英語を話していた。

と言っても当時小学生だったぼくにちゃんとした英語が分かるはずも無いのだが、Aちゃんがふいに発した、

Come on!とゆうワンフレーズがあって、それ一つでぼくは尊敬の眼差しを送るようになっていた。


その時がぼくが最初に、英語に触れた瞬間なんだと思う。

「あーいいなぁ英語ってかっこいいなぁ」って思ったのが、英語にあこがれた最初のきっかけだった。


また十代最後の頃にアメリカやカナダに留学したり、大阪で行われていたアメリカ人留学生との交流の場に誘ってくれたりしたKちゃん。

彼女も地元の幼稚園から中学校まで、同じ所に通ってた。

そんなKちゃんが留学していたニューヨークやカナダから必ずポストカードを送ってくれて、ぼくのリクエストに答えて英語で書いてくれたりもしていた。

それらの出来事が世界を知らなかったぼくの心をどんどん刺激して、英語への憧れを強くしていった。


ほんの少しのきっかけ


人生には必ず影響を与えてくれる人とゆうのがいるけど、ぼくが英語の世界に憧れを持ち、それを実行に移して今こうやってオーストラリアで生活出来てるのは彼女たちのおかげである。

「小学生の時のあの公園で、アメリカから戻って来たばかりのAちゃんに遭遇して無かったら?」

「Kちゃんが積極的に海外に出て、頑張ってる姿を見ていなかったら?」

確実に今のぼくは無いと言い切れる。

Kちゃんが「あんたもやりたい事があるんやったら思い切ってやらなあかんで」と、自分のやりたい事が分からずにスタックしていたぼくに、何度も言ってくれていたのを今思い出した。






香港で、パリで、ゴールドコーストで。



ぼくにとっては絶対に忘れる事が出来ない二人に、今度は南イタリアで再会することが出来た。

日本から遠く離れた国で再会出来た喜びと、あの頃に影響を与えてくれた感謝の気持ちを改めて述べる事が出来た。

そんな彼女たちの拠点も現在、それぞれ違う国に置いている。

Aちゃんは香港在住で航空会社に勤め、CAとして世界中を飛び回っている。

Kちゃんは英語どころか、フランス語までマスターしていた。

いつも目標を高く持っている彼女は仕事でパリに移り、そこで出会った旦那さんと幸せに暮らしている。

人の生き方はそれぞれだが、ぼくにとって彼女たちはまだまだ憧れの存在である。

あの小さな千里中央とゆう所で育ったぼくたちがまさか、南イタリアで再会出来るなんて夢にも思わなかったが、その刺激がぼくにとってまたこれからもオーストラリアで頑張っていこうとゆうモチベーションになった。

何がきっかけで自分のやりたい道が決まるのか分からないものだが、ぼくにとって彼女たちはとても大切な存在となっている。

まぁもしも、万が一だがぼくが歴史上の人物となったら間違いなく、AちゃんとKちゃんも登場するのだろうな。

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